JGA創立に中心的な役割をはたした大谷光明(右から2人目) 写真提供:JGA「70年史」より
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履歴
1885 - 1961 日本ゴルフ協会(JGA)創立に尽力、ゴルフルールの普及にも努めた、日本ゴルフの父と言われる大谷光明が設計したゴルフ場を紹介。22歳の時にイギリス留学し、留学中にゴルフに没頭。帰国後、1918年に東京ゴルフ倶楽部駒沢コースで開催された第12回日本アマチュアゴルフ選手権3位、1922年・第16回の同大会(神戸ゴルフ倶楽部)では優勝を飾っている。長身から放たれるロングドライブを武器にする、トップアマであった。またこの年、イギリスのプリンスオブウェールズ(エドワード8世)が来日した際に行なわれた親善試合では、当時の皇太子(昭和天皇)とペアを組んでいる ※場所は東京ゴルフ倶楽部駒沢コース。競技者として活躍する一方、東京ゴルフ倶楽部の代表として、日本ゴルフ協会・JGA創立に尽力し(1924年創立)、その後渡英し制度を研究、1927年・第1回日本オープン開催の実現を果たしている。英語で書かれた難解な原書を研究し、邦訳・出版するなど、ゴルフルールの基礎を作った人物でもある。コース設計では、川奈ホテル大島コース(1928年開場)、名古屋和合コース(1929年開場)、東京ゴルフ倶楽部(1940年開場)など日本のゴルフ場の遺産的価値を持つコースを設計。日本のコース設計者に多くの影響を与えたアリソンの招聘にも尽力。アリソンに同行し、設計学を学ぶ傍ら、京都案内の際にはアリソンの芸術的センスを試したという逸話もある。
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Kanagawa |
1954 |
Aichi |
1929 |
Tokyo 東京ゴルフ倶楽部 |
Saitama |
1940 |
Hakone Yunohana 箱根湯の花ゴルフ場 |
Kanagawa |
1952 |
Shizuoka |
1928 |
Kakogawa 加古川ゴルフ倶楽部 |
Hyogo |
1957 |
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